オペラ合唱団のオーディション

Opernchor

 

いま私が所属している劇場のオペラ合唱団では、今シーズン一杯で引退する人がいて、メンバーの空きが出るアルトとテノールとバスの団員をそれぞれ一人ずつ募集しています。先日、その為のオーディションがありました。
募集しているのはアルト1とバス2が正団員で、テノールは1か2のどちらでもいいですが来シーズン1年間限定の臨時団員です。

そのオーディションを聞いてきました。2日間、それぞれ2時間くらいかかりましたが、結果として選考に残った人はいたものの、即採用までには至りませんでした。
選考に残った人たちは、今回諸事情で来られなかった人たちのオーディションを別の日にやって、その結果待ちです。

ちなみに選考の基準は、音程やリズムがはまっていること、発声が良いこと、発音が良いこと、音楽的に歌えること、求めている声種であること、などです。
4つめまではプロ歌手なら当たり前のことですが、実は意外に出来ていないものです。今回のオーディションでも全て出来ていた人は、アルトで受けた10人のうち2人だけでした。そして2人とも求めている声種というところで引っかかってしまい、採用ならずでした。

今回、劇場で上演中のオペラ『サロメ』で小さい役をもらって歌っているテノールの学生が受けるというので期待していたのですが、彼は一次選考で落ちてしまいました。声は綺麗でのびのびしていて音楽的に歌っていたんですが、彼の問題は所々で音程がちゃんとはまっていないことでした。
合唱のオーディションを聞いていて面白いと思うのは、すでにソロで歌っている様な人でも一次を通過できないことが多いことです。ソロと合唱では選考基準がやはり違うのですね。

どちらを受けた場合でも、さっきの選考基準の4つめまでが完璧ならば9割方合格するでしょう。では、その4つの選考基準でもっとも重視されるのはどれでしょうか。合唱では最初の3つです。特に音程です。ソロでは音楽的に歌え、聞かせどころが上手く、人を引きつける魅力があることでしょう。この場合は少しくらいの音程やリズムの悪さは気にされません。もちろん、プロとして安定して活躍している方は音程も良いですが、今書いたのはオーディションで若手を採用する場合ということです。

同じ合唱団でも、オペラの合唱団と放送合唱団では、また基準が違うでしょう。放送合唱団の方が、より音程とリズムが重視されるでしょうし、大きすぎる声や癖がある声は敬遠されるでしょう。オペラ合唱団では同じ声種でも色んなタイプの声が求められます。5つめの求めている声種というのが、その時のオーディションによって違うのです。例えば今回募集しているアルト1というのは、女声3部だとメゾソプラノに分類される声の人たちです。しかし今回募集しているのはアルトなので、ソプラノではなくアルトの響きがある人が求められています。

アルト1の課題になるアリアはケルビーノやオルロフスキーの様なズボン役、ロッシーニのチェネレントラやロジーナ、ビゼーのカルメン、グルックのオルフェオ等々。音域だけならソプラノでも歌えてしまう曲が多いので、声の響きはソプラノなのに本人はアルトだと思って受けに来ている人も何人かいました。もし今回がソプラノ2のオーディションだったら即採用だったと思われる人もいました。若い人だったので先生か本人が気づいて声種を変更したらいいと思うのですが・・・。

受けに来る人たちの中には自分の声種をわかっていない(または違うとわかっていて受けに来る)人が結構います。当たり前ですが、いくら上手くてもこちらが求めている声種ではないので落ちてしまいます。残念ながら上手いから受かるというものでもないんです。よくいるのが、ソプラノ1か2かわかっていない人です。高音が出ないからソプラノ2だと思ったら大間違いで、1と2では求められる声が違うのです。例えばモーツァルトの『フィガロの結婚』のヒロイン二人のうち、スザンナはソプラノ1、伯爵夫人はソプラノ2です。役に求められる声の響きや質があるんですね。

また、同じオペラ合唱団のオーディションでも、正団員と臨時団員では基準の高さが全く違います。正団員は終身雇用なので、特に高いレベルを求められるのです。というのも、大抵は年をとるに従って声が出にくくなったりテクニックが不安定になったりするものですが、下手になったから解雇というわけにはきません(通常は。ある州立歌劇場では合唱団の指導者が替わった時に団内で再オーディションをして不合格だった団員を合唱団から解雇したことがあるそうです)。終身雇用ということは30年以上、定年の67歳まで元気に歌えないと困るわけです。もし発声ができあがっていない人を入れてしまうと数年で壊れて歌えなくなってしまうかもしれません。それに合唱団に入ってからも勉強を続ける人というのはまれで、入ったときが実力の最高点ということもありえます。ですから、臨時団員なら数年でいなくなることがわかっているので少しくらいアラがあっても目をつぶって採用することがありますが、正団員となるととたんに厳しくなるわけです。

ここのオーディションでは、一次審査(アリア1曲)、二次審査(アリア1曲)、三次審査(指定された合唱のパート)を聞きます。
アリアは課題にモーツァルト1曲をいれることとなっていて、それは一次か二次のどちらかで歌います(テノールだけはタミーノのアリアを一次で歌うことになっている)。どんな審査をするかは劇場によって違っていて、新曲視唱があるところや、合唱の課題がものすごく沢山あるところ、まったく合唱の課題が無いところなど、色々です。
ここの場合、三次の合唱パートをまともに歌えなかった場合は、二次までのアリアが素晴らしく歌えていても落ちます。たぶんこれは他の劇場でも同じことだと思います。合唱のパートをちゃんと歌えるかどうかで、その人がちゃんと仕事する人かどうかを判断しているのです。